自殺・うつ論②

私はここのところ「自殺」と「うつ病」に関心が高く、いろいろ書籍を読んだり、統計データを加工したりしながら、これらについていろいろと調べています。

一応お断りしておきますと、「自殺」と「うつ病」が近年社会的な増加していることについて、個々に興味があるだけで、「自殺」と「うつ病」の相関には関心がありません。

デュルケームの『自殺論』にも、精神病理的状態による自殺は確かに存在するものの(※1)、精神病と自殺そのものにはほとんど相関がないことが証明されています。
(※1)
①偏執狂的自殺
②憂鬱症的自殺
③強迫的自殺
④衝動的ないし自動的自殺

ですので、「自殺」は「自殺」として、「うつ病」は「うつ病」として、研究しております。

ちなみに、デュルケームの「自殺」の定義は、
死が、当人自身によってなされた積極的、消極的な行為から直接、間接に生じる結果であり、しかも、当人がその結果の生じうること予知していた場合を、すべて自殺と名づける
だそうです。何でも「定義」は大事です。

あと、男女比は 男:女=2:1 だそうですよ。
男はツライっすね~(><)

また、まとめて関連記事をUPします。

Posted by simfarm at 2006年08月08日 11:33

Comments

伝聞ですが、油谷遵さんは、現在の日本でのベストの医療チームを組んでくれた癌治療の権威=慶応の教授の申し出を拒否して、手術せずに死んだようです。
生前から、酒を飲むこと不摂生することを緩慢な自殺として自分の生き方としていました。
死を見据え過ぎると死と近しくなりすぎます。
そうかといって死の蔭の全くない生き方は「明るい廃屋」にすぎません。

Posted by アウラ | 2006年08月08日 13:20

>アウラさん

大変示唆に富んだコメントありがとうございます!
油谷さんは緩慢な自殺を全うされたということですね。
生き方は死に方なのかもしれません。油谷さんらしい逸話です。

>>死を見据え過ぎると死と近しくなりすぎます。
>>そうかといって死の蔭の全くない生き方は「明るい廃屋」にすぎません。

死と近しくなりすぎず、「明るい廃屋」にならないよう、個人(心理)のスコープではなく、社会のスコープで取り組んでみたいと思います。

Posted by しむら | 2006年08月08日 14:34

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